元損保社長「桑原茂雄氏」のAI展開戦略—議論より実装、1週間でクライアントを動かす方法

PIVOTでGenerativeX執行役員CDXOの桑原茂雄氏が語るAIスタートアップ戦略の動画を見ました。
イーデザイン損保社長からAIスタートアップへと転身した桑原氏は、プログラミング未経験でありながら、AIと対話しながら実用的なアプリを開発し、大企業クライアントを獲得しています。
桑原氏の「議論より実装」というアプローチと、「顧客ビジネスへの深い理解」を組み合わせた戦略は、AI関連事業を展開する上での重要なヒントとなると思い、記事を作成しました。
対象の動画はこちらです。
AI事業成功の鍵:1週間でデモを作り顧客の想像力を解放する

GenerativeXの最大の差別化戦略は、初回ミーティングから1〜2週間以内に実際に動くデモアプリを顧客に提示することです。これは従来のIT企業では考えられないスピード感です。
「弊社の特徴なんですけど、1〜2週間であの、今言われたニーズに対応するデモ作りますよと」
桑原氏によれば、この戦略の背景には明確な理由があります。
「生成AIって言われても、やっぱりイメージわかないじゃないですか。やっぱり物があるとみんな強くて、『あ、これだったらこんなこともできるんじゃないですか、あんなこともできるんじゃないですか』と、こうイメージが広がっていく」
顧客は生成AIの可能性を抽象的な説明だけでは理解できない—この洞察が彼らのビジネスモデルの核心です。具体的なデモを見せることで顧客の想像力を刺激し、自社業務への応用可能性を自ら発見してもらうのです。
実例:損保業務を変革するAIアプリ

動画で紹介されたデモアプリは、損害保険の事故報告業務を効率化するものです。保険代理店の担当者がお客様から聞いた事故内容を復唱すると、AIがその音声を理解して自動的に適切なフォームに入力する仕組みです。
このデモを見た損害保険会社のDX担当者は即座に実用性を理解し、「営業マンが対面での訪問営業中に使えるのではないか」と具体的な活用イメージを広げました。さらに「引受判断の自動化」という追加ニーズも提示し、プロジェクトは具体的な検討フェーズへと進展しました。
顧客が抱える具体的な業務課題(音声入力の手間、引受判断の時間)に焦点を当て、それを解決する具体的なデモを短期間で作成することが、AI事業の受注につながる
AI事業者必見:GenerativeXの「1人3役」モデル
GenerativeXの組織モデルも非常に特徴的です。各社員が以下の3つの役割を兼任しています。
- 営業:顧客開拓と関係構築
- コンサルタント:業務課題の分析と解決策提案
- エンジニア:実際にアプリを開発
「この会社って面白くて、営業の役回りかつお客様の困り事を解決するっていうコンサルタントの役かつ、自分でアプリを作ってデモを見せてPOCを作るっていう、ある意味エンジニアの役回りのこの3つの役を1人でやることが、会社の基本になってます」
この1人3役モデルにより、顧客ニーズの理解から実装までのサイクルを圧倒的に短縮することが可能になっています。従来のビジネスモデルでは、営業→コンサルタント→エンジニアと情報が伝達されるたびに認識のズレや時間的なロスが生じていました。
AI事業を展開する際は、少なくとも初期フェーズでは「全体を把握できる人材」を育成することが重要かもしれません。
AIと対話するエンジニアリング文化
社内の雰囲気も特徴的でした。
「静かなんですよ。皆さん本当に黙々と仕事されてて、どっちかって言うと人に聞くってよりも、AIとダイアログをしながら仕事を進めていく」
これは単なる社風ではなく、AIを最大限活用するワークスタイルの表れです。会議も全て録音され、AIによる自動文字起こしからファーストドラフトの作成まで自動化されています。AIツールを「使う」のではなく「対話する」という姿勢がGenerativeXの生産性を高めているのです。
大企業クライアントを獲得するための差別化戦略
桑原氏の経験と知見は、特に大企業向けAIソリューションを提供したい事業者にとって貴重なものです。
ビジネスプロセス理解を最優先する
クライアントは彼らの仕事の進め方をこのように評価していました。

「システムありきでなんか提案をしてこないですね。必ずまずビジネスを理解していただいて、ビジネスのプロセスをしっかり分解した上で「ここ」と「ここ」と「ここ」がAIで全部大体できますよっていう提案をしていただけるんです」
多くのAI事業者がテクノロジー主導の提案をする中、ビジネスプロセスの理解を出発点とするアプローチが強力な差別化要因となっています。これは桑原氏の大企業経営者としての経験が活きている部分です。
大企業DXの本質的課題を理解する
桑原氏は大企業DXの課題をこう分析しています。
「多くの大企業がなかなかDXできない、なかなか生成AIをうまく取り込めないで、取り込むためにはいろんな部署との調整が必要だっていうところで、もう皆さん本当に苦労されてると思います」
この課題認識があるからこそ、「調整を最小限にして短期間で成果を出せる」アプローチを設計しています。部門横断的な大規模プロジェクトではなく、現場の具体的な業務課題を解決するピンポイントなソリューションを提供することで、社内調整の負担を軽減し、迅速な導入を可能にしています。
これは、大企業だけでなく、中小企業にも当てはまる重要なことだと思いました。
プログラミング未経験でもAIアプリを開発できる時代
特筆すべきは、桑原氏自身がプログラミング未経験でありながらアプリケーションを開発している点です。
「AIとね、対話しながらコーディングをしていく」
動画では、チャットボットのデザイン変更をAIとの対話で行う様子が紹介されています。「この赤色がどぎつい」と伝えると、AIが「落ち着いた青色に変更します」と応答し、コードが自動的に修正されるのです。
これはAI事業者にとって重要な示唆を含んでいます。もはや高度なプログラミングスキルよりも、業務理解と問題解決能力を持った人材がAIと対話しながら開発を進めることが可能な時代になっているのです。
AI事業者が学ぶべき「プロセス改革」の考え方

桑原氏はイーデザイン損保の社長時代、組織改革に取り組んだ経験を持ちます。
「プロセスをちょっと工夫するだけで思いっきり生産性が上がるとか思いっきりサービスが良くなるみたいなことがやっぱりある。そういったプロセスを改革すると会社は絶対に元気になるっていうか成長する」
「人がやってた部分を機械が大体できるようになってきた。そうすると人に余裕が出てくる。余裕が出るとよりお客様に向けた活動そこにエネルギーが注げるようになった」
これは単なる業務効率化の話ではなく、AIを導入することで人間がより創造的で価値の高い仕事に集中できるようになるという本質的な価値提案です。AI事業者がクライアントに伝えるべきは、コスト削減や効率化だけでなく、「人間の仕事の質を高める」というビジョンなのかもしれません。
日本のAIビジネスが目指すべき展望
桑原氏が描く未来ビジョンは、AI事業者にとっても意識すべき内容が含まれていました。
「現場密着のカスタムメイドのアプリでこうそれ具体的なものベースに企業が変わっていく。そうすると優秀な人材がまた大企業に戻っていく。そうするとどんどんどんどんいい循環が生まれてきて日本の産業っていうか日本の経済全体が本当に活性化をしていく」
この展望は、AI事業が単なるテクノロジー提供にとどまらず、日本企業の競争力強化に貢献する社会的使命を持つというどのベンダーにも刺さる言葉でした。
まとめ:AI事業成功のための実践的戦略
GenerativeXと桑原氏の事例から、AI事業を展開する際の実践的な戦略が見えてきます。
- 短期間でデモを作成する: 顧客は抽象的な説明よりも具体的なデモで初めてAIの可能性を理解する
- ビジネスプロセス理解を最優先する: テクノロジー主導ではなく、業務課題理解から始める
- 1人3役モデルを検討する: 少なくとも初期フェーズでは営業・コンサル・エンジニアの役割を統合し、顧客理解からデモ作成までのサイクルを短縮する
- AIとの対話で開発する: プログラミングスキルよりも業務理解を持った人材がAIと対話しながら開発するモデルを検討する
- 大企業の調整負担を軽減する提案: 全社的な大規模プロジェクトではなく、現場の具体的課題を解決するピンポイントなソリューションから始める
- 人間の仕事の質を高める価値提案: コスト削減や効率化だけでなく、「人間がより創造的な仕事に集中できる」というビジョンを伝える
AI事業の競争は激しさを増していますが、技術力だけでなく「顧客のビジネスをどれだけ深く理解し、具体的な形で価値を示せるか」が差別化の鍵となるでしょう。桑原氏のように「業務プロセス改革」の経験を持つ人材の視点は、AI事業の成功において極めて重要な要素となりそうです。